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2022.09.29

ヤフーの社内制度で博士号を取得したデザイナーに聞く──なぜ、デザインを科学的に立証する研究に挑んだのか

ヤフーでは、業務経験を通してより深い学習の必要性を考えている社員のために、「社会人ドクター進学支援制度」を用意しています。今回はこの制度を利用して大学院にて博士号を取得したデザイナーの鈴木健司に、なぜ博士号取得に挑み、いかに業務と研究を両立させたのかを語ってもらいました。

プロフィール

鈴木のプロフィール画像
鈴木 健司
CTO CTO室 アプリ統括部 研究開発
新卒入社後、PIM系やSNS系サービスのインタラクションデザイン、ビジュアルデザイン、フロントエンド開発、ディレクション等の業務を経て、2015年よりユーザーインターフェースの研究開発業務に従事。2022年に北海道大学大学院情報科学研究科情報理工学専攻を修了。博士(情報科学)。インタラクションデザインを専門とし、特に入出力インターフェースに関する研究を行っている。

ヤフーの社会人ドクター進学支援制度とは?

ヤフーの社会人ドクター進学支援制度は、社員の理系博士課程進学にかかる費用(半期上限100万円)を奨学金として給付する制度です。奨学金に加え、研究活動時間を確保するために週1日(半日単位で週2回の取得も可能)の特別有給休暇を取得でき、自宅から200km圏外の学校へ進学する場合は、月に1回の交通費と四半期に1回の宿泊費相当分が給付されます。

対象分野は、自然言語処理、画像処理、音声処理、機械学習、情報検索、HCI(ヒューマン・コンピューター・インタラクション)、HPC(ハイ・パフォーマンス・コンピューティング)、仮想化技術などの13分野(※2022年6月現在)。制度の利用には、審査で会社の承認を得る必要があり、研究部門にいる研究職はもちろんのこと、事業部門のエンジニア、さらにはHCI領域についてはデザイナーも応募可能です。

勤続年数2年以上の正社員という条件のほか、「業務と研究を両立し、業務責任を果たすことを前提に3〜4年にわたり精進し続ける覚悟と熱意があり、その研究成果による自社貢献が見込めるか」が見極められます。

育児休業中でも審査に合格すれば対象になり、海外の学会へ参加する際も、日数に限りはあるものの有給休暇扱いとなります。海外の大学院でも、オンラインであれば通学可能です。

企業で業務を経験することで、研究テーマがより具体的になる

本制度が始まったのは2015年秋。制度導入の背景として、制度設計に関わったYahoo! JAPAN研究所の所長である田島玲は、「企業のなかで数年経験を積むと、現場ならではの課題から自分の研究テーマを深掘りしたくなるもの」だと語っています。

「学生として修士から博士課程へすんなり進学するよりも、むしろ企業で業務を経験してからのほうが、研究テーマがより具体的になる。企業としても研究開発の最先端をきわめればきわめるほど、博士号を持つにふさわしい人財が必要になります。実務で貢献しながら専門性を突き詰めるという選択は、人財の可能性を広げることにつながるのです」(田島)

制度が開始されて以来、半期ごとに1〜2名程度の応募があります。所属や年齢はさまざまで、理工・情報科学系の博士課程に進学する人がほとんど。現時点では8名がこの制度を活用して大学院で研究しています。研究テーマは「時系列データの予測」「データ利用時の処理効率向上分析」「意思決定傾向を取り入れた深層学習」「知識工学・認知心理を基盤とした人の学習を支援する研究」など、多岐にわたります。

もちろん、業務と大学院での研究を両立することは簡単なことではありません。そのなかでも頑張りぬき、これまで二人の博士号を取得した社員が誕生しています。最初の一人は、Yahoo! JAPAN研究所ソフトウェアエンジニアの田頭幸浩。業務のかたわら、2015年から京都大学大学院情報学研究科に籍を置き、2018年に機械学習をテーマに博士号(情報科学)を取得しました。

そして二人目が、今回紹介する鈴木健司です。業務を続けながら2018年に北海道大学情報科学研究院情報理工学部門複合情報工学分野に進学。デザイナーとしては初めての制度利用者でした。2022年に「ユーザー体験を小規模で短期間に検証し改善するミクロUX法に関する研究」という論文で博士号(情報科学)を取得。現在はCTO室アプリ統括部でUIの研究開発を行っています。

鈴木さんのトーク中画像
▲CTO室 アプリ統括部 鈴木 健司

デザインを科学的に立証するアプローチ

鈴木は、多摩美術大学大学院博士課程前期(修士課程)を修了後、2006年にヤフーに入社しました。大学では放送やマルチメディアの情報デザインを研究していましたが、インターネットのメディアとしての可能性に気づき、「インターネット企業側から新しい放送メディアを提案したい」という思いでヤフーを選びました。

入社後は、新規事業の立ち上げに関わることが多かったと言います。ポッドキャストやビデオキャストプレーヤーのFlashによる実装、スマホ用メッセージングアプリの開発、Yahoo!メールのワイモバイル対応にあたってのデザイン関連のディレクションなど、さまざまな仕事を経験しています。

多摩美大時代から、デザインを科学的に研究することにずっと関心を抱いていたそう。自身が入社9年目のときに、社内の研究者らが発起人になり「次世代UIを考え、国際学会を目指そう」という目的の社内ハッカソンが開催されました。そこで鈴木は新しいUIを提案し、これが優秀賞を受賞することになります。このチャレンジが、彼のアカデミックな意味での研究心に再び火をつけることになりました。

「純粋に、デザインの良さって何だろうとあらためて深く考えるようになったのです。デザインというものを、ゼロから突き詰めて考えてみたいという気持ちがずっとくすぶっていた。ハッカソンを通して、デザインの良し悪しを経験と勘ではなく、科学的に立証していくアプローチがあることにあらためて気づきました。こうしたアプローチを習得することで、自分のデザインの幅が大きく広がると感じました」(鈴木)

鈴木さんのトーク中画像

画期的な発明も、そのままではサービスに導入しにくいというジレンマ

2015年に初めて参加したヒューマン・コンピューター・インタラクション(HCI)の国際学会「UIST」で、鈴木はスマートフォンのテキスト入力における新しい手法の提案でベストポスター賞を受賞します。

「テキストカーソルの移動を行う際に、指が対象を隠してしまったり、意図しない場所をタップしたりするFat finger問題があります。その改善策として私たちが考案したのが、目的の文字の位置へテキストカーソルを移動するのではなく、目的の文字をテキストカーソルの位置へ移動する手法です。これを“Fix and Slide”と名づけました。学術論文で大事なのは、その手法の新規性や有用性を科学的に証明すること。既存の手法との比較実験を行ったところ、タスク完了時間が有意に短くなることがわかりました」

『Fix & Slide』のポスターと鈴木さん
国際学会「UIST」で『Fix & Slide』がベストポスター賞を受賞
これを一つの転機に、鈴木は当時COOで前CEOである川邊健太郎の直轄部署に異動します。

「実際のサービスに成果を導入するというミッションはありましたが、HCIの研究に専念できるようになりました。以前から感じていたアプリの使いにくさを改善するために、より広い視野で研究し、新しいインターフェースの手法も提案できるようになりました」

部署を異動してからの鈴木は、ますますHCIの研究に没頭するようになります。UISTと同じHCI分野の国際学会「MobileHCI 2018」では、今度は「Pressure-sensitive Zooming-out Interfaces for One-handed Mobile Interaction」という論文を発表します。

登壇発表中の鈴木さん
HCI分野の国際学会「MobileHCI 2018」で論文を発表する鈴木
「スマートフォンのズーミング操作を行うときには、2本の指でピンチインやピンチアウトしますよね。ただ、片手しか使えない状況ではこの操作はとても難しくなります。そこで私は、スマートフォンに搭載されている圧力感知技術を用いて、ユーザーがディスプレーを押す力を計測し、その力に応じてズームアウトする手法を考えました。これも従来の方法と比較実験すると、有意に操作回数が減ることを証明できました」

力に応じてズームアウトする手法の説明
「Pressure-sensitive Zooming-out Interfaces for One-handed Mobile Interaction」
いずれもいますぐヤフーのサービスに取り入れてほしいものばかりですが、実サービスに導入するとなると、さまざまな制約があります。

「当時から導入の話はあったのですが、サービス側にはサービスのKPIがあり、開発する時間やコストやリソースの問題があります。機能を追加実装したことで、KPIが達成できなくなることは避けたい。こちらも強引に導入するわけにはいかず、途中で頓挫してしまうこともありました」

しかし、このジレンマが後述する博士論文執筆の動機にもつながっていきます。

自分の業務タスクを調整しながら、週1回は研究日に

2014年の社内ハッカソンでの審査員には、北海道大学の坂本大介准教授もいました。国内外の学術会議やシンポジウムにおいて最優秀論文賞、最優秀デモンストレーション賞をいくつも受賞しているHCI研究の俊英です。坂本先生との出会いが、鈴木の大学院博士課程へのチャレンジを後押ししました。

「その後の学会への論文投稿でも、考え方から論文の構成に至るまで坂本先生の指導を受けることができました。そのうち、自分がこれまでやってきた研究を俯瞰して博士論文にまとめたい、研究を通して自分が何をしたかったのかを再確認したいという思いが湧いてきました」

国際学会発表や論文誌への論文掲載は、社会人大学院入試のうえでも業績としてカウントされることもあり、博士号取得も夢ではないと鈴木は考えるようになります。旧知の坂本先生の研究室に所属できれば、その見通しもより現実的になります。ただ、そのためだけに会社を退職するという選択はなかったと振り返ります。

「インターネットサービスのデザインが私の仕事。実サービスに導入して、より多くの人に便利に使ってもらうことが最終目標です。会社の仕事を続けながら、博士課程の研究をなんとか両立できないかと思っていたところに、社会人ドクター進学支援制度があることを知りました。まさに私にとっては渡りに船だったわけです」

鈴木さんのトーク中画像
大学院博士課程入学にあたっては、大学院入試を通常通り受験し試験に合格する必要があります。鈴木は、坂本先生の指導を受けながら、この計画書の準備に3〜4カ月かけました。2018年度の秋期入学生として、晴れて10月から北大の社会人大学院生になるのですが、その前に社内の進学支援制度の給付対象審査に臨みます。

「社内審査でも研究計画を提出し、最後までやり遂げられるかどうかの意思を確認されました。また、研究日は大学のゼミがある金曜日に設定しましたが、その日は出社できないため、部署内に迷惑がかからないように、タスクを調整する必要がありました。ただ、会社での研究業務と全く違うことを始めるわけではないので、自分も周囲もそれほど違和感を持つことはなかったと思います」

「ヤフーの『社会人ドクター進学支援制度』で博士号を取得した、デザインの良し悪しを科学的に立証する『ミクロUX』とは」に続く

「社会人ドクター進学支援制度」活用のポイントまとめ

  • 良かった点
    • 業務現場の課題を踏まえて、研究目標を深掘りできる
    • 学費のほとんどを支給される
    • 週一回の研究日に集中的に研究できる
    • 大学研究者・学生との交流で刺激を受けられる
    • 国際学会などで研究の最新動向を把握できる

  • 苦労した点
    • 業務と大学院での研究の両立
    • 同僚・上司、家族の理解
    • 社内審査をパスする必要性
    • 博士論文執筆の関門
    • 研究成果をどう実務に反映させるか

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