【Yahoo!基金「助成金」の使われ方】大学院生が南三陸町で子どもの学習をサポート

【Yahoo!基金「助成金」の使われ方】大学院生が南三陸町で子どもの学習をサポート

Yahoo!基金事務局の田村です。
宮城県南三陸町で行われている、東京大学大学院の学生有志による学習支援活動「夏の寺子屋」を取材してきました。
(東京大学大学院の学生有志によるボランティア団体「UT– OAK震災救援団」のみなさん。寺子屋として使用しているログハウスで)

-南三陸町で活動することになったきっかけを教えてください。

華井さん(設立メンバー、会計):
震災直後の2011年4月に、国際協力学専攻に入学した初代執行部のメンバーが、「国際協力学専攻とはいっても、国内で大変なことが起きている時なのだから、自分たちに何かできないか考えよう」と話し合い、「まず現地に行ってみよう」と行動したのが始まりでした。
当事、NPOに勤める私の友人が南三陸町志津川高校の避難所で炊き出しをしていたので、その活動に参加しました。最初の訪問は2011年5月8日です。

炊き出しを続けるうちに、避難所の方々から「せっかく東大生が来ているなら、子どもに勉強を教えて欲しい」との要望をいただき、8月に1カ月、避難所に泊まり込んで「寺子屋」を開催しました。
でも、最初の数日は東京の大学生というのがハードルが高かったようで、なかなか子どもたちが来ず……。そこで、当時のメンバーが、「遊びでもいいよ」「将棋しよう」と声をかけたことで、子どもがだんだん来てくれるようになりました。

避難所が閉鎖された後は、仮設住宅での生活支援として、物資配布や自治会支援などを行っていましたが、やはり住民から「仮設団地でも寺子屋を続けてほしい」という要望をいただきました。

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-震災から6年目ですが、この活動をずっと続けている理由は何ですか。

宗さん(3代目代表):
1代目、2代目は地元の方とも関係が強く、強烈な個性でひっぱってきてくれました。
そんな先輩方が卒業し、南三陸町に入っていたNGOやNPOが、どんどん支援を引き上げていった2014年ごろ、やめるか活動を続けるべきなのか悩み、当時のメンバーで議論しました。

そのなかで、自分たちは学生ボランティアが運営する小さな団体だから、大きな組織のように支援者数にこだわる必要はないのではないかという意見がありました。
また、当時の副代表から「支援者の数が少なくなれば、子どもにとっての寺子屋の必要性はむしろ高くなるのではないか」という意見もあり、自分たちの活動は、1人でも必要としてくれる子どもがいる限り続けようと決めました。

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(会社の夏休みを利用して、寺子屋にかけつけたOBの宗さん。後輩たちを見守っていました)

-子どもたちと接する時に、気をつけていることはありますか?

迫田さん(5代目代表):
子どもたちに安易な約束はしないように気をつけています。
震災後、避難所や仮設には多くの人が支援に来ました。支援者の中には、子どもたちに「また来るね」と約束したきり来ない人もいました。そういう大人を何人も見てきたせいか、子どもたちは妙に冷めているところがあり、「また来るとか言っても、どうせ来ないのでしょう」と言っている子どもがいました。子どもなりに、傷つかないようにバリアーを張っているのだと思います。
それを見て、自分たちは、「また来て」と言われても、安易に「また来るね」とは答えない、「また来るね」と答えたならば本当に来る、ということにしています。 

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(寺子屋のルール、活動を続ける中で、みんなでルールを作ってきました) 

-みなさんの参加理由と、参加して感じたことを教えてください。

荒木さん:
私は今回初めて参加しました。大学の時に、ボランティアなどの支援ができず気になっていたのですが、大学院に入学したら、まだ東北への支援をしている団体があったので、今度こそと思って参加しました。
行く前から、子どもたちが楽しみにしていることは聞いていましたが、初日に、開始時間前から子どもたちが待っているのを見て、すごく楽しみにしてくれているとわかりました。
毎年、一方通行ではなく、子どもたちと一緒に作ってきているから、この場ができているのだと思いました。 

田口さん:
私は元は教員をしていて、震災当時は海外青年協力隊として、フィリピンでボランティアをしていました。派遣中に1回だけ帰国できる権利はあるのですが、お正月で使ってしまい次の年の3月まで帰れず、当時は何もできなかったんです。大学院に入学して、この活動に参加するのは必然だと思いました。 

今日、寺子屋で勉強が苦手な子がいましたが、午後にスライムを作る時は、すごく生き生きしていました。他の算数や漢字でもこういう場を利用して、勉強が楽しいと思えるきっかけをつくりたいです。

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(夏休みの自由課題。各国の国旗をノートにまとめました)

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(1日目に、たし算やひき算が苦手な子どもがいたので、その子のためにつくった計算カード。1人1人に寄り添って、サポートしているのがわかります)

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(スライムの材料)

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(小学4年生の男の子が、スライムでお寿司を作ってくれました)

迫田さん(5代目代表):

2011年6月ごろに別の団体の活動で南三陸へ1週間来たことがありました。
その時の経験で、ボランティアって何だろう、何をしたらいいのかと堅苦しく考えていた。
大学院に入学して、先輩に誘われてこの活動に参加する中で「ボランティアは、結局は人間関係で、人との信頼関係でやること。人のためにしている活動なので、堅苦しく考える必要はない」と思うようになりました。

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(5代目代表の迫田さん、タイに留学している間も帰国して寺子屋に参加したそうです)

華井さん(設立メンバー、会計):
震災が起きた時、何かしなければと思いました。そして、実際に避難所に来て、電気も水道も止まり自衛隊が水を運んできている、完全に孤立している状態を見て、自分にも何かできるのではと思ったんです。
私は高校生の時に、けがで入院した経験があり、家族や友達や先生、お医者さんなど、まわりの人に支えてもらったことで自分の人生を進めることができたと感じています。あの時に人に支えてもらったから、今度は手伝えることがあれば、手伝いたいと強く思いました。

ここに来ると人とつながって、いろいろな人とご飯を食べたり、話したりして、すごくいやされるんです。「また行きたい」と自然に思えるので続いてきたのだと思います。

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(誰かが困った時に、誰かが支えてくれる社会であって欲しい、と話す華井さん)

-最後に、避難所の頃からUT-OAK震災救援団の活動をサポートしている、淳さんから一言お願いします。

淳さん:
「被災地を忘れられるのが怖い」と言う人がよくいます。
自分は被災地を思い出して、来てくれたらうれしいと思っています。 そういう意味でも、継続的に来てくれて、子どものサポートをしてくれるUT-OAKに感謝しています。
学生たちは、いつも子どものことを考え、忙しそうに過ごしているので、せっかく南三陸町に来ているのだから、時には松島や平泉などの観光地にも足を延ばすなど、自分たちの時間もつくってほしいですね。

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南三陸町でも、かさ上げ工事が終わっていないため、仮設住宅で暮らしている方はまだいらっしゃいます。仮設住宅だと、勉強するスペースの確保が難しく、子どもの勉強の機会が損なわれるケースも多いそうです。
子どもたちが勉強に向き合う機会を少しでも増やすために、このように現地のニーズにあわせた支援はまだまだ必要だと実感しました。

【関連リンク】
UT-OAK震災救援団
・UT-OAK震災救援団Facebook