【Yahoo!基金「助成金」の使われ方】NPO法人「吉里吉里国」編

【Yahoo!基金「助成金」の使われ方】NPO法人「吉里吉里国」編

Yahoo!基金担当の田村です。Yahoo!基金では2016年1月より、東日本大震災の復興支援に取り組む非営利団体を支援する新たな助成事業を始めました。
今回はその助成先の一つ、 特定非営利活動法人「吉里吉里国(きりきりこく)の活動についてご紹介します。

「吉里吉里国」について

「吉里吉里国」という名称は、岩手県沿岸部の大槌町の吉里吉里地区一帯の地名に由来します。
大槌町は、東日本大震災の際に、津波により町役場が流されて行政機能が麻痺(まひ)するなど、甚大な被害を被りました。

その大槌町の吉里吉里地区で、震災直後から、森の再生や自伐型林業の推進、森林環境教育に取り組んでいるのが、今回の助成先としてご紹介する特定非営利活動法人「吉里吉里国」です。

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(吉里吉里地区から望む船越湾)

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(吉里吉里地区の森)

「吉里吉里国」の活動のきっかけ


 「吉里吉里国」理事長の芳賀正彦さんに、活動のきっかけについて伺いました。

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(NPO法人「吉里吉里国」理事長の芳賀正彦さん)

「震災直後、津波が引いてすぐに瓦礫(がれき)を拾い集めて暖をとりました。
救護の人も、避難物資もなかなか来なかったのですが、たき火は24時間燃え続けていました。
燃える火はきれいで、また、潮をかぶった木が火の中で時折はじけると、まるで自分に何かを語りかけているような気がしました。
『津波で、家も、職場も、町も消えてなくなったけれど、山は残っている』
今まで海ばかりを見て暮らしていたことに気付き、山で何かを始めようと思ったんです」

「復活の薪プロジェクト」の始動、苦労、出会い……

「吉里吉里国」がまず始めたのは、吉里吉里地区の瓦礫廃材を使って薪(まき)をつくり、販売する「復活の薪プロジェクト」でした。

任意団体としての「吉里吉里国」を2011年5月15日に立ち上げた後、順調に注文が入り、6月頃にはすでに注文に追いつかない状態になってしまったそうです。
毎日、朝から晩まで薪を割っても間に合わない……。そのうち、注文してくださった方から納期が遅いことに対するクレームが届き始めました。
また、夜に避難所で薪の注文のメール対応作業をしていると、「パソコンの明かりがまぶしくて眠れない」とほかの避難者の方からのクレームも来てしまい、当時はとてもつらい状況だったそうです。

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ただそのような厳しいご意見、クレームからは、新しい縁も生まれました。

東京で窯焼きピザのレストランを営む藤岡さんもその一人です。
「人手が足りないなら、自分が手伝いますよ」と薪割りのボランティアに参加し、以来毎年、吉里吉里国の薪祭りで窯焼きピザを参加者に振る舞ってくださっているそうです。

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(藤岡さんと吉里吉里国のスタッフが作ったピザ窯。タイルの色は吉里吉里の自然を表しているそうです)

また、注文に追われて毎日薪割りをしていた9月、作業場所だった中学校の校舎が岩手県の復興アパートになるため、9月末には退去するように行政より伝達がありました。
次の作業場所の当てがなく、途方にくれていると、中学校の副校長先生の親戚の方々が、吉里吉里国の活動をご存知で、快く場所を提供してくれたそうです。

「最初に林業を教えてくださった岩手県農林部の方、自伐型林業を教えてくださった土佐の森・救援隊の方々など、都度さまざまな方に助けられてきました」と理事長の芳賀さんは言います。

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(現在の作業所で薪を割る芳賀さん。小中学生の薪割り体験もこちらで実施しています)

震災から5年、振り返る余裕はない

今年2016年は、震災から5年ですが、大槌町ではまだ仮設住宅で暮らしている方もいらっしゃいます。
吉里吉里国では、今後、仮設住宅で暮らす人々が足を延ばしてゆっくりお風呂に入ってもらうための「薪の湯イベント」を開催するなどして、心のケアもしていく予定だそうです。


「自伐型林業家をもっと増やして、森と共存する暮らしを広げていきたい。森の再生には最低でも30年はかかるので、次世代も育てなければなりません。まだまだやるべきことはたくさんある。5年でひと段落するほどの余裕はない」と、芳賀さんはこの先すべきことをしっかりと見据えて語っていました。

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【関連リンク】
特定非営利活動法人「吉里吉里国」
「人口減少率が岩手県で一番大きい町の子どもたちを応援してください」(吉里吉里国によるプロジェクト。Yahoo!ネット募金)