「この世界の片隅に」片渕須直監督が語る 映画づくりとインターネットの関係性

「この世界の片隅に」片渕須直監督が語る 映画づくりとインターネットの関係性

3月9日、社会課題の解決にチャレンジする方々をお招きし、ヤフー社員の課題解決力アップを目指す講演会シリーズ「UPDATEチャレンジャーズ」を開催しました。

第1回のゲストは、日本アカデミー賞・最優秀アニメーション賞を受賞した映画『この世界の片隅に』の脚本・監督を務められた片渕須直(かたぶち すなお)さん。

片渕監督は、企画段階でなかなか認められなかった今回の作品を実現するために、全国のファンを味方にしていきながらクラウドファンディングを活用してパイロットフィルムを制作し、『この世界の片隅に』を生み出しました。前作『マイマイ新子と千年の魔法』も『この世界の片隅に』も昭和の人々の暮らしがリアルに描かれています。監督の映画づくり、そしてインターネットの使い方・可能性などについて伺いました。


宮坂:
実は監督の前作品『マイマイ新子と千年の魔法』の舞台となった山口県防府の出身なんです。作品にでてくる貴伊子ちゃんという女の子が住んでいた社宅に僕も住んでいたことがあるんです。

映画を見たときに驚いたのは、自分が小さいときに見た景色が100パーセント再現されていること。社宅の家の雰囲気とか、空き地にある木とか、ちゃんと残っていた。『この世界の片隅に』もそうだと思うのですが、どうすればこんな正確に当時の様子を再現できるのでしょうか?

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片渕:

まず、自分がその場所にいきたいと願うことからでしょうか。そうしてから、インターネット上の地図で土地を把握して、古本屋の資料で当時の様子を知り、さらに現地にいってその場所に実際に立って自分で体験して、そうやってようやく再現しています。
昭和30年の山口県防府を舞台にした『マイマイ新子と千年の魔法』のときは、昔の町の様子が写っている航空写真が見つかったんです。そこに小学校がたくさん写っていて、それぞれの学校の開校記念日を調べたら、ちょうどこの写真が昭和31年頃のものだと特定できました。防府市についても調べたらちょうど昭和31年が市制20周年で、その記念にとった航空写真ということがわかってきた。そうすると、細かいところがどんどんわかってくる。パズルを解いていくような面白さもあります。知らない世界を絵に描けるようにするのはすごく楽しいですね。

宮坂:
絵を描いて映画にしていくと思っていたのですが、絵を描く前の理解・プロセスにすごい時間をかけられているんですね。

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ドラマとは違う実際の人々の暮らし

 
片渕:
『マイマイ新子』の昭和30年と僕に記憶がある昭和40年くらいってそんな差がなくて自分の中で想像できるんです。テレビがあるかないかくらいの違いで。でも『この世界の片隅に』で扱っている昭和20年(戦時中)って、昭和30年からたった10年しかさかのぼらないのに、想像はできても感触としてつかまえることができない断層の向こうの世界になる。でも何かが自分たちとつながっているはず、とも思うわけです。それを見つけ出したかった。戦時中という時期を理解していくのはすごく大きな作業で、やってみたらいままでテレビやドラマでみていたのと全然違うことがわかりました。

宮坂:
監督の映画は、いわゆる僕たちが知っている戦争映画と全然違う。普通の人々の暮らしが描かれていますよね。

片渕:
たとえば朝の連続ドラマで戦時中が舞台になると、窓ガラスに、紙でバッテンが貼ってあるんです。あれは、なんのための紙なのか考えたことありますか?
爆風でガラスが飛び散らないようにしているものなんですね。でも貼り付ける糊(のり)にしても、その原料がお米だとしたらもったいないですよね。
それで当時のことを調べていったら、ほとんどの家庭では貼っていなかったことがわかったんです。なのにドラマでは町中にバッテンが貼ってある風景になっている。それは舞台が戦時中だということがわかりやすいからそう表現していたわけなんですが、実際はほとんどの家ではやっていなかった。ごはんを糊にしてしまうのはもったいないし、紙も貴重品ですからね。

同じように、女性が穿(は)いている「もんぺ」も、ある時期までは実は穿かれていない。その理由が当時の雑誌にも書いてあって「かっこ悪いから」と(笑)、すごく明快な理由。
なぜ穿くようになったかというと、全国的に炭や薪の供給が滞って寒かったから。最初は私たちが家に帰ってトレパンはくのと同じ感じで穿いていた。本格的に外でもんぺを穿いた格好になるのは、空襲が始まった冬から。命がかかってくるまでは、かっこ悪くて穿いてなかったんですね。

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映画づくりとインターネットの関係性


宮坂:
ご自身がTwitterで発信を続けたり、クラウドファンディングを活用されたり。インターネットを使いこなしている映画監督は、あまりいらっしゃらないと思います。今後、インターネットに可能性を感じていることはありますか?

片渕:
映画はお客さんが映画館にきてくれて席が埋まらないと、上映されなくなってしまうわけです。でも、こういう映画がありますよ、とインターネット上で話題にし続けている限り、お客さんが来てくれる。『この世界の片隅に』は今日までで120日以上、上映できています。これはインターネット上で話題がいつまでも続いているからだと思います。日本アカデミー賞の受賞も、インターネット上で話題にしてもらえる。それが、映画館でこの映画が映り続ける条件を整えてくれているんです。

宮坂:
オンラインでたくさんの人に映画を届けられるのもひとつのいいことですが、映画のつくり手からするとまずは映画館に人が来たり、映画館にもっとこんなものがあると伝えたりする役割を、インターネットに期待されているということでしょうか。

片渕:
はい。それともうひとつ、昔は雑誌「ぴあ」をみると、東京近郊の名画座や小さな映画館も含めて上映中の全映画のタイトルが載っていましたよね。観たいと思っていたものばかりでなく、まったく知らなかった映画も含めてあらゆる映画が目に入ってくるからいろんな出会いがありました。「こんなアフリカ映画が岩波ホールでやっているのか」とか、ぜんぜん知らなかったことに気づけたり。
でもいま、インターネットでは、ほぼ見たい映画の情報しか目にしないですよね。インターネットの弱点は、検索したもの以外が目に入ってこないこと。求めていなかったものまで見せてくれる、知らなかったものに出会える場所がインターネット上にあるといいですね。映画に限らずですが、たまたまの出会いが大事なものになると思いますので。

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片渕監督の映画づくり


宮坂:
今日の講演会に参加している社員から事前にもらっているアンケートからの質問です。『この世界の片隅に』の舞台となった呉(くれ)にはどれくらい行かれたのですか?

片渕:
正確な回数はわからないんです。5年とか6年かけてこの映画を作っていてその間にたびたび訪れていますから。映画祭の折にちょっと立ち寄ったのとも含めると30回以上はいっているはずですが、数え切れない。「今回は何回目だ」と特別な感覚を持たずに、なにげなく行って、ぼぉーっとその風景をみて、今の季節のこの時間は、お日様はこっちから登ってくるのか、ここは坂道でしんどいな、とか、そういう自分が生活するみたいな感じで町を捉えていました。
アニメーションって絵ですから、体で感じる体感的なものは伴うわけがないんですが、それを作品に忍び込ませていくためには、自分たちがどれくらい体感するかなんじゃないかなと思って、近くに行くたびにふらっと立ち寄っていましたね。

会場からの質問:
監督の東北震災を扱った短編アニメーション『花は咲く』、戦時中を扱った『この世界の片隅に』。ともに人々の暮らしがさまざまな要因で浸食されてしまうということを扱われていると思います。

いまヤフーでは「未来へ残す戦争の記憶」という、どこにでもあった暮らしが侵食されてしまったさまをドキュメンタリーの手法でインターネット上に公開しています。そういった映像コンテンツへの可能性や期待をお持ちでしょうか?

片渕:
『花は咲く』は、東日本大震災から6年目を迎える今年の3月11の翌日にも再放送していただけることになりました。もともと、この作品を作るときには、震災の「し」の字も描かないようにしようと思ったんです。なぜかというと、これは震災から丸2年目の3月11日に合わせて放映しようと作ったものなんですが、まだご遺族の悲しみや、家を失って困っている方の直面している現実が非常に大きくて、そのときによく知りもしないのに「俺たちは味方なんだ」というのは、どうなんだろうなと思ったんです。

だから、あえて日本のどこにでもある風景、普通にある町やその町で暮らす普通の人たちのことをそのまま描いたんです。ただ、ご覧になる方は、震災と関係があると思いながらみることになる。
そうやってもしかしたら自分の町かもしれないものを見た方たちが、なくなってしまった町やそこで困っている人のことを想ってくれるか、に賭けたんです。そうしたらたくさんの方が涙してくださった。それはすごく意味があるなと思うんです。受け手の方々を信じて委ねたら、受け手の方たちが応えてくださったということにほかならないんです。

宮坂:
直接的な表現の方法もありますが、受け手の想像力に期待するということですね。

片渕:
はい。そうだとすると、アーカイブは本当に充実しているに限ると思うのです。オーラルヒストリーとして収集できるもののほかに、客観的にその当時の事情を伝える一次資料などが並列してできる必要があります。そうでなければ、体験者の声が全体の中のどこに位置するものなのか捕らえられなくなってしまいます。逆に、それができれば、これは自分には理解できるとか、突然腑(ふ)に落ちるものが増えてくるはずです。客観的なアーカイブが、充実した形で残っていることにすごく意味があると思います。

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宮坂:

最後に、今後どのような作品をつくっていきたいと考えていますか?

監督:
35年くらいアニメーションをやっているんですが、最初から監督としてやりたいという趣向が強かったんです。ですので、これまでそう思いながら本を読んだりいろんなものをみてきましたが、ようやく自分がつくりたいといったものが認められお金も出してもらって、公開できているところで、それ以前にたくさんの「やりたいもの」を35年分ためこんできました。

『この世界の片隅に』は、これをやりたいと自分が言って、初めて形になったものです。これを作ったらきっとうまくいきますよといって、世の中に提案して作ったら、こんなに評価していただいた。だったら、35年ため込んできた自分の中の引き出しは、今あけてもいいのかもしれないと思っています。

宮坂:
今後もご活躍を期待しております。本日はお忙しいなか、貴重なお話をありがとうございました。

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